没後三十年企画『日本「匠」の伝統』8

義仲寺 日本「匠」の伝統
義仲寺

倉前盛通 著 

第8回 紋章と日本人

日本人のシンボル操作能力が高いということは、暗算が上手いということに繋がりましたが、それからもう一つ、紋章を発生させました。これは、匠の問題と絡んで非常に大事なことであると思うのです。紋章というのは、平安時代の頃から公家が自分の乗っている牛車を見分けるために、車に綺麗なデザインの紋所を打ったのが始まりです。次第に武士たちもそれを真似て、旗印や鎧に紋をつけたりするようになりました。中世以降、鎌倉、室町、徳川時代を通じて紋章はどんどん広がっていったわけです。そして、百姓や町人の一般庶民も紋章を持つようになりました。つまり日本では全員が紋章を持っているのわけです。

紋章があるのは、日本と西ヨーロッパくらいです。アジアでは日本だけです。お隣の中国にも韓国にも紋章はありません。インドにも、ロシアにもない。ヨーロッパでは、ドイツ、フランス、イギリスなどには大体紋章があります。これはどいうことかというと、結局、モンゴルに占領されなかった所、サラセンに占領されなかった所、トルコに占領されなかった所、そこだけということになります。遊牧民族に征服された所は紋章が発生しなかったのです。日本と西ヨーロッパは遊牧民族や蒙古の様な騎馬民族に征服されなかったので、それが紋章を生む大きな要因になったのではないかと思います。アジアで蒙古にやられなかったのは、日本くらいなものです。

日本の紋章の数は、どんどん増えて、現在では七千ぐらいあります。七千種類の紋章を用いて、自分たちの立場を、自分たちはどいういう素性の者であるかを、晴れの儀式の時に紋服を着て示すわけです。紋服の肩や背中に紋章がついているのはそういうことです。しかも、日本の紋章というのは丸く、大体は花鳥風月になります。そこに文字などは書きません。美しい花鳥風月を紋章にデザインして、それがすっきりして綺麗でありながら、極めて情報価値、情報量の高いものに仕上がっています。

ヨーロッパの紋章というのは、ライオンとか熊とか鷲、つまり猛獣や猛禽を象っているものが多い様です。しかも王族や貴族のものであって、一般庶民は紋章を持っていません。私の友人で、外国で大使をした経験を持ついたずら好きな人がいて、自分の持っている食器に全部自分の紋所を入れて焼かせました。そして現地に赴任して、地元の人を招待した時にそれを配って、この紋章は俺の家の伝統的な紋章であるといったら、向こうの人が感心して、そうかお前は貴族かと言ったそうです。ところが、日本は百姓まで紋章を持っているとは俺は言わなかった、とか言っておりました。ヨーロッパでは紋章を持っているのは貴族か王族だけですから。(つづく)

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