『悪の論理』まえがき

悪の論理 完全版
悪の論理 完全版

倉前盛通 著 

「悪」の世界戦略

消された地政学の真相

前述のドキュメント・フィクションは、銘打たれているとおり、たしかに、多くのフィクションを含んでいるが、その大筋は文字どおりドキュメントであり、その指摘が誤っていなかったことは、本年(昭和五十二年)四月十四日付の週刊文春に掲載された「二人の首領(ドン)」と題する落合信彦氏の特別レポートを一読していただくなら、一目瞭然とするであろう。

「二千億ドルのエージェント」は昭和五十一年二月、米上院のチャーチ委員会の証言により、児玉誉士夫氏がロッキード社の秘密エージェントであることが暴露された直後に一夜で書きあげ、会員制雑誌「選択」に掲載されたものである。

もし、国際的なビジネスに従事している人が、昭和五十一年の一年間、マスコミを占領したロッキード事件の煽情的なアジテーションを鵜呑みにして、一喜一憂したり、妙に正義の味方のような顔をしてみせて自己満足していたとすれば、その人は、国際ビジネスマンの資格がないと断言してよい。

国際ビジネスマンは、このドキュメント・フィクションの中に登場する人物「英(はなぶさ)」のように、クールで抜け目のない悪人でなければならない。悪人とは何も邪悪な人間という意味ではなく、国際社会の非情冷酷さを知らず、デモクラシーとか人権とか人民解放なぞというような上っ面の飾り文句で、国際社会が動いているかのように思いこんでいる善人に対比して、人間と社会、ことに国際社会のみならず、力関係の入り乱れた社会の狡智と冷酷さを十分わきまえた上で、それに対応する手をうつことのできる強い人間のことを悪人と称してみただけのことである。

日本は、とりわけ善人の多い国である。せまい島国の中で一言語、一民族、一国家という家族的国家を数千年にわたって維持してきたおかげで、国際社会の狡猾さについてはほとんど無知といえる。そこが日本人の良いところでもあるが、同時に重大な欠点ともなっている。そこで、いまや、否応なしに、国際社会の渦の中へまきこまれてゆく日本人が、最小限度、知っておくべき悪党の論理のひとつとして、地政学の初歩的な入門書というより、漫歩書を編んでみた。

地政学とは地理政治学(Geopolitics; Geopolitik)のことで、その他の科学と同じように、いくつかの仮説によって構築された理論体系である。もちろん、すべての社会科学がそうであるように、地政学も虚構論理のひとつである。しかも、虚構論理は、その「仮説性の大きさ」ゆえに人を陶酔させるものであり、毒にも薬にもなる両刃の剣と云える。地政学は敗戦後、米ソの占領政策によって日独両国における研究が禁圧されたため、戦後育ちの日本人はほとんど完全に地政学の名称さえ忘れ去ったようである。これは核燃料と核技術を日独に持たせたくないという米ソの政策と表裏一体のものであるといえる。

それゆえ、一方では、核燃料(ウラニウム二三五、プルトニウム二三九)と核技術を自己の手中に握ること、そして、もう一方では地政学という国際戦略の基本原理を理解することが、これからの日本に課せられた宿題となるであろう。核技術も地政学も強力な武器となる可能性を持つがゆえに米ソはそれを自己の手中に独占したかったのである。

国際ビジネスマンに告ぐ

醜のますらをになれ

世界を動かすものは常に悪党たちであり、悪人の論理、悪党の戦略哲学を知らずして、国際的な活動はできない。中世の軍記物に「河内に楠木という悪党ありて」と述べているが、足利尊氏を相手に健闘した楠木正成は、当時としては珍しいほどの戦略哲学を持った「したたか者」であったので、東国の武士団を相手にあれだけの活躍ができたのである。そして討死する時も、「罪業深き悪念なれども、七度人間に生まれ変わって朝敵を滅ぼさむ」といい残し、自己の正統性を後世の大衆に浸透させるだけの心理工作まで残していった。それゆえに、中世の伝記物作者は楠木一党の悪念に大きな畏怖の念をいだき、「楠木という悪党」と書きしるしたのであろう。足利尊氏は悪念の深さにおいて、つまり、荒らぶる魂の振幅の強さにおいて楠木正成に完敗したといえる。

日本人は昔から「悪」という言葉に、強靱で、しぶとく不死身という意味を持たせていた。つまり「ええ恰好しい」ではなく、世の毀誉褒貶や、事の成否を意に介せず、まっすぐに自己の信念をつらぬいた人の強烈な荒魂を、崇め安らげる鎮魂の意味で「悪」という文字を使用してきた。これは日本人の信仰の深淵に根ざすものかもしれない。

日本の社会は昔から女性的で優美な「もののあはれ」という美学を、生活の規範としてきた社会であり、男性的な硬直した儒教論理や、キリスト教、マホメット教のような一神教的男性原理によって支えられている社会ではない。それゆえ、男性的な行動原理に身をおくとき、日本の伝統美学から、やや遠ざかっているという美意識が生じてくる。それゆえ、一種の「はにかみ」をもって、「悪」とか、「醜(しこ)」と自称したのであろう。

悪源太義平とか、悪七兵衛影清という武将の名称は、彼らの強烈な気力と魂魄に対する畏敬から出たものである。万葉集に出てくる「醜の御楯」「醜の醜草」「醜のますらを」という表現も同じ発想である。自らを卑しいものと卑下して「醜の御盾」とうたったのではない。「強靱で不死身の兵士」という意味であるし、「強靱で不死身の雑草」「かたくなで不死身の男」という意味で「醜草」とか「醜のますらを」とうたったのである。

脆く、はかないものを美しいとする日本の伝統的美学の中では、強靱で不死身なものは、醜になり、悪になるのである。ここのところの日本の美学的発想がまだ外国の人々には、よく理解されていないようである。たとえば三十年間、南海の小島のジャングルの中で戦い続けていた小野田少尉のような人こそ「醜の御盾」であり「醜のますらを」とよばれるにふさわしい人物といえよう。地政学は、その意味で、まさしく「悪の論理」であり、「醜の戦略哲学」である。これからの国際ビジネスマンは、人の見ていないところで、国を支えてゆく「醜のますらを」であり、「悪源太」であることを、ひそかに誇りとすべきであろう。そして小善人になり上がることをもっとも恥とすべきである。もし、読者諸氏がスタンドプレーが好きで、進歩派やハト派のポーズをとることの好きな「ええ恰好しい」の人士なら、この書を読んでいただく必要はない。「罪業深き悪念なれども」と意を決し、あえて「悪」と「醜」の名のつく男になろうと決意している人なら、この書は少しばかりお役に立つかもしれない。

あなたが「罪業深き悪人」に徹し、「悪念深き醜のますらを」として生死するならば、日本の人草は、あなたに「幣」を捧げて鎮魂の歌をうたってくれるであろう。それが国際ビジネスに足をふみ入れた者の宿命というべきである。

(『悪の論理』第二章 甦る覇権の政治学)