九平次

父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』28

倉前麻須美 著  第28回 母との別れ 皇太子殿下の御成婚があった昭和34年4月10日からおよそ5ヶ月後の9月4日、母は神戸の港から船に乗ってヨーロッパへ旅立ちました。この5ヶ月間は目まぐるしく、あっという間でした。一学期に眼科、耳鼻科、皮...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』27

倉前麻須美 著  第27回 母のチャンス 皇太子殿下の御成婚があった昭和34年4月から9月までの5ヶ月間は、私にとっては忘れたくても忘れられないものとなりました。御成婚の後の暑くなってきた頃、両目がものもらいに罹り眼科へ、両耳が中耳炎となり...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』26

倉前麻須美 著  第26回 可笑しな体験 四年生になった途端、私はまた病気がちになってしまいました。ものもらいで眼科に行ったのをかわきりに、中耳炎で耳鼻科に行き、耳朶の裏にできものが出来て、それが体のあちこちに広がり皮膚科にも行くわで、多少...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』25

第25回 父のアルバイト 一人で大きな丸テーブルを背負って帰ってきた父に「それどうしたの?」と聞くと、大阪のおじさんが持っていけと言ってくれたということでした。電車に乗って運んだと聞いて、細い体の父がよく頑張ったなと思いました。テーブルは赤...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』24

倉前麻須美 著  第24回 池田市での生活 一年半を過ごした富雄から大阪府池田市に引っ越しました。私は小学3年の三学期に池田市立呉服(くれは)小学校に転校して、4年生の一年間はまるまるそこで過ごしました。短いものでしたが、池田での生活はとて...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』23

第23回 富雄の家ともお別れ 楽しかった富雄の家とお別れしたのは昭和33年の暮れ頃でしょうか。引越しの理由はいろいろあったと思いますが、地盤の問題も大きかったのではないかと思います。実は、前年の夏の終わり頃、台風がきて大雨になったのですが、...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』22

倉前麻須美 著  第22回 忘れられない誕生日ケーキ 富雄の家も、あやめ池の家と同じく陽当たりが良い家でした。家は坂の上にあり、そこに一番乗りしたかのようで、坂の下の広い造成地にはまだ家が建っていませんでした。庭先にたくさんのコスモスと葉鶏...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』21

倉前麻須美 著  第21回 楽しい団欒の時 富雄の家に引っ越した頃から、大阪のおばさんの紹介で四国から悦子お姉さんがずっと泊まり込みで来てくれました。このお姉さんのおかげで、両親が留守でもとても心強かったです。 ある日学校から帰ると、富雄の...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』20

倉前麻須美 著  第20回 大阪に近い富雄 富雄の仮の住まいもそれなりに面白く過ごせました。そこは駅に近いだけあって賑やかで、何といっても、商店街が近くとても便利でした。学校へ行くのも、買い物のお手伝いをするのも楽で、それは母も同じだったで...
父と私 倉前盛通伝

生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』19

倉前麻須美 著  第19回 父、怒る 翌日お世話になった産婦人科の先生と奥様にお礼のご挨拶を済ませて、家族四人であやめ池の家に向かいました。わが家に帰るのは十日ぶり位でしょうか。だんだんと遠くにわが家が見えてきます。しかし、近づくにつれ、温...