生誕百年記念連載『父と私 倉前盛通伝』20

二上山 父と私 倉前盛通伝
二上山

倉前麻須美 著 

第20回 大阪に近い富雄

富雄の仮の住まいもそれなりに面白く過ごせました。そこは駅に近いだけあって賑やかで、何といっても、商店街が近くとても便利でした。学校へ行くのも、買い物のお手伝いをするのも楽で、それは母も同じだったでしょう。

ある時、父が「向こうに見えるのは生駒山と言うんだよ。あれを越えたら大阪に入るよ」と教えてくれました。その時はまさか、またすぐに大阪に引っ越すことになるとは考えてもみませんでした。

この頃から頻繁に、大阪で工場を経営しているおじさんの家に遊びに行くようになり、その時は以前我が家に居候していた母の弟になる下の叔父さんの顔が見られ、嬉しかったです。また、大阪だけでなく、母の従姉妹になる玲子おばさんが居る芦屋に遊びに行く楽しみも増えました。

間もなくして富雄の家が出来上がり、引っ越しました。家までの道は、今みたいなアスファルトの道路ではなく、本当にでこぼこした山道でした。道のところどころに石英が埋まっていて、「あ!理科で習った石と同じだ」と思いながら、毎日富雄駅まで歩いて奈良女子大附属小学校まで電車で通いました。石英の石を拾いたかったのですが、山道の泥土と混ざっており、固くて簡単には取れませんでした。(つづく)

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