倉前麻須美 著
第28回 母との別れ
皇太子殿下の御成婚があった昭和34年4月10日からおよそ5ヶ月後の9月4日、母は神戸の港から船に乗ってヨーロッパへ旅立ちました。この5ヶ月間は目まぐるしく、あっという間でした。一学期に眼科、耳鼻科、皮膚科に通い出した私は、学校も長く休んでいました。この時、担任のきん子先生がお見舞いに来てくれて、とても嬉しかったことは忘れられません。やっと快復して学校に行くと間もなく、長い夏休みになりました。
母と過ごした最後の夏休みでしたが、母は出発の準備で忙しくしていました。それでも、その忙しい合間に大阪のおじさんと芦屋のおばさんのお家に連れて行ってもらいました。母は出発する前夜私を抱き上げて 「いい子にして待っていてね」といいました。「うん、早く帰って来てね」と私。この時私は10才になったばかりでした。下の弟は2才6カ月でした。
9月4日、みんなで神戸の港へ行き、母を見送りました。そして、下の叔父さん、大阪のおじさん家のお姉さん、正治お祖父さん、悦子お姉さん、父、母、弟、私の家族全員で写真を撮りました。母が乗ったのは見上げるような大きな船でした。まもなく汽笛が鳴り、出航して行きました。デッキから手を振る母の姿が見えなくなるまで長い間見送っていました。それが、私が母を見た最後でした。
当時の写真の中に、父と弟が二人で写っているものがあるのですが、その時の父の横顔が苦悩にみちていて、子供心に胸をつかれたことをよく覚えています。前途多難になるであろうこれからを予測していたのでしょうか。父40才、母32才のことでした。
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