倉前麻須美 著
第27回 母のチャンス
皇太子殿下の御成婚があった昭和34年4月から9月までの5ヶ月間は、私にとっては忘れたくても忘れられないものとなりました。御成婚の後の暑くなってきた頃、両目がものもらいに罹り眼科へ、両耳が中耳炎となり耳鼻科、さらに皮膚科にも通う状態でした。しかし、これは飽くまで私の健康問題で、もっと重大な変化が私たちの家族にあったのです。
その頃、父も母もそれぞれの仕事に励んでいましたが、母は当時既に国際ジャーナリストとして有名であった兼高かおるさんに憧れていました。そんな母に大きなチャンスが巡ってきたのです。毎日放送の海外特派員に抜擢されたのでした。それからはただただ慌ただしい毎日でした。
母が荷造りをしているとき、スポンサーの会社が提供してくれたスカーフが大量に置かれており、それらの全てが母の好きな薔薇をモチーフにしたいろいろなデザインと色使いの素敵な模様でした。母はそこから二枚抜いて、私と悦子お姉さんにくれたことを覚えています。
また、忙しい出発準備の合間に母は私に千鳥格子模様のウール地に黒いビロードの襟がついた上着、そしてそれに合わせたプリーツスカートを二着、作ってくれました。これが母の最後の手作りになるとは思いも寄りませんでした。(つづく)
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