第51回 ポートブレア編(30)
ポートブレアのシャディプールで起きたとされる現地住民虐待致死事件も不可解な事件であった。当時海軍上等兵曹であった田中錬次氏、中山春美氏、藤江竹夫氏の3名が絞首刑の判決を受けた。判決後に田中氏が自決したため、記録上、2名が絞首刑に処せられたこととなっている。被害者とされる現地人はハリ・ダスという人物一人であった。
検察の主張するところによると、1945年1月、日本軍の倉庫から木材を盗んだ容疑で田中はハリ・ダスを捕まえ、自分の小屋に連れて行ったという。そして庭に面した柱にハリ・ダスを縛りつけて棒で15分ほど暴行し、その後、マンゴウの木に縛って、中山と藤江にハリ・ダスが立っていられなくなるまで暴行させたという。縄を解くとハリ・ダスは地面に崩れ落ち、3人は彼を溝まで蹴った。そして、ハリ・ダスが死亡したため田中はその死体を片付けるように命令した。以上が検察の主張する3人の罪状である。
3人の被告もハリ・ダスが盗みの容疑で田中の小屋まで連れてこられたことは認めている。しかし、田中は自身が暴行したことを全面的に否認した。田中の主張によると、警察にハリ・ダスの身柄を引き渡す前に小屋に連行したが、彼を小屋の外に座らせている間、自分は食事を取るためそこから離れたという。また、ハリ・ダスが警察署で自供したため、その後家に帰されたとも主張した。中山と藤江は、盗みを認めたハリ・ダスの顔に平手打ちをしたことは認めたが、死亡するような暴行など加えていないと主張した。
さらに、弁護人は検察証人の証言はそれぞれ言うことがばらばらで、信用に足らないと主張した。モンセの宣誓供述書には、藤江、中山、松岡の3人がハリ・ダスをマンゴウの木に縛り付けたと述べられている一方、モンセは法廷では、ハリ・ダスをマンゴウの木に縛ったのは中山だったと証言した。また、ロモニ・モハンの宣誓供述書には、中山と田中が小屋の前のマンゴウの木にハリ・ダスを縛ったとあり、藤江は一切出てこない。さらに、モンセとモハンの宣誓供述書には、ハリ・ダスは棒で殴られたと述べられているが、モンセ自身法廷でこのことに触れていない。また、セイド・ワハブの宣誓供述書では、被告全員がハリ・ダスに水をかけたことになっているが、モンセは法廷で松岡が水をかけたと証言し、モハンは供述書でこのことに触れていない。
ハリ・ダスが溝まで蹴られたというのは、セイド・ワハブの宣誓供述書にあるが、モンセ自身がそのことを言い始めたのは裁判からである。モハンもまた宣誓供述書ではこのことに触れていない。
このように、検察の証拠となった宣誓供述書と証言はみんな言うことがばらばらで、信憑性に欠けるのである。(つづく)
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