蒋介石は軍事使節を西部戦線に派遣したいと英国に打診したことは、前回述べた。それは英陸軍省が断ったため、実現はしなかった。しかし、そのひと月後、今度は中国人の労働隊を西部戦線に派遣する計画が持ち上がった。それに対する日本の新聞の反応を、クレーギー駐日英大使が本国に報告している文書がある。以下の通りである。
On November 11th some of the local vernacular papers published messages from Shanghai reporting British plans for recruiting Chinese coolies for Europe. Asahi message said that Chungking Government had gladly agreed as a means of acquiring foreign currency and added for that Government to despatch coolies or to assist in doing so would clearly be a breach of neutrality.
(1939年)11月11日、英国が中国人苦力(労働者)をヨーロッパ向けに雇用することを計画している旨の上海発電信を、いくつかの(日本の)現地紙は掲載した。朝日の上海電は、重慶政府は喜んで、この外貨獲得の手段に同意したと報じ、さらに、同政府が苦力を派遣、もしくはこれを支援することは、明らかに中立に違反するものであると付け加えた。
この英中の動きは、その時期を考えればおそらく、失敗に終わった軍事使節派遣に代わるものとして出てきたものであろう。民間の労働者であれば、英陸軍省の意向は関係なくなるであろう。文書の次のように続く。
Press comment so far has been limited to article in Kokumin of November 12th which however does not refer to Chinese neutrality but refers to the fact of a number of coolies who went to Europe during the last war, became leaders of “thought” movements in China after their return and express pity for orientals who are being sent to Europe under “conditions of slavery” especially as many of them come from Shantung and Hunan where Japan is striving to ensure a peaceful livelihood for them.
今のところ、新聞の論評は11月12日付の国民新聞のものに限られる。しかし、それは中国の中立性の問題には触れておらず、先の戦争(第一次大戦)でヨーロッパに送られた多くの苦力たちは、帰国後、「思想」運動の指導者たちになったことに言及している。そして、論評は「奴隷の扱い」でヨーロッパに送られていく東洋人への同情を表明する。彼らの多くは、いま日本が平和的な生活を確保しようと励んでいる山東省や湖南省の出身者である、と。
この文書を見る限り、中国は「奴隷のような安い労働力」を売り物にして外貨を稼ぐことを、第一次世界大戦で行い、また同じことを第二次大戦でも行おうとしていたらしい。しかも、今回の場合は英国に恩を売ることもでき、一石二鳥というわけだ。対日関係の改善を目指すクレーギー大使は内心複雑な心境だったであろう。西部戦線で英国の助けになるならばこれも悪いことではないが、その代わり日英関係は確実に悪化する。このあたりの中国の戦略は実に巧みである。
このようなやり方は現在の中国も採用している。とにかく奴隷のような安い労働力で商売相手を満足させ、それ抜きでは成り立たないところまで進めてしまう。そうなれば、相手に言うことを聞かせるのは容易いことだ。今は労働力だけでなく莫大なお金も使われるので、いっそう注意が必要である。それはいわば「薬物依存」のようなものである。アングロサクソンもようやくその危険性に気づいたようだが。
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