倉前麻須美 著
第16回 初めて見たお祖父さん
長い入院生活も少し飽きてきた頃、父母がお正月はお家で過ごそうねとお迎えに来てくれました。それがもうとても嬉しくて、相部屋のお姉さん達には勿論のこと、バトル相手のおばさんにもバイバイと手を振って喜び勇んで帰宅しました。その時のおばさんのびっくりした表情がとても印象的でした。
久しぶりのあやめ池の家で過ごすお正月休みもあっという間に過ぎて、また病院生活に戻らなければなりません。その前に京都駅で人に会う約束をしているからねと父がいうので、駅のホームに立っていました。すると、汽車が滑り込できました。そして、その汽車の停車中、九州の宮崎から来た父方の祖父夫婦がホームに降りて来て、束の間のご対面を果たしたのです。祖父に会ったのはこれが初めてでした。まだ新幹線がない時代でのことです。
初めて見る正治おじいさんの姿は、写真で見ていた壮年の駅長さん時代の凛々しい姿とは対照的で、白髪の優しいおじいさんという印象でした。しかも、汽車の煙のススで襟が薄汚れ、鼻の穴も真っ黒だったのをよく覚えています。
発車ベルが鳴り、祖父夫婦はそのまま旧婚旅行のため東北方面に出かけて行きました。私はその時祖父からお年玉をもらって、ご機嫌で病室に戻りました。するとそこには生卵がたくさん入った木の箱が置かれています。訳が分からず、どうしたのかと聞くと、病院中の皆さんから私へのお年玉なのだということでした。印象深いお年玉に本当にびっくりさせられました。昭和32年当時、卵は今みたいに安くなかったのではないでしょうか。父母が嬉しい悲鳴をあげながら、二人で持てるように小分けにし、風呂敷に包んで持ち帰って行ったのを覚えています。(つづく)
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