米西戦争
ハワイ併合と並んで、アメリカの太平洋戦略における重要な一手は米西戦争（１８９８年４−８月）である。アメリカとスペインの間に起きた戦争であるから、遠い海の向こうの出来事のように思いがちだが、これによりアメリカは太平洋の覇権をほぼ握ったと言ってよいだろう。そして、それは必然的に太平洋国家日本との衝突を避けられないものにした。このことについてほとんどの日本人は理解していない。今回は、このアメリカの「悪の論理」についてご紹介したい。
１８９８年２月２５日、キューバのハバナ湾に停泊中のアメリカの軍艦メイン号（USS Maine）が爆発し沈没するという事件が起こった。これにより乗員およそ２６０名が死亡した。この爆発の原因は今以て不明のままであるが、当時のアメリカの新聞は「スペイン犯行説」を大きく展開し、世論を煽った。この時のスローガンが「Remember the Maine.」、つまり「メイン号を忘れるな」であった。アメリカ人がおよそ４０年後に「Remember Pearl Harbor（真珠湾を忘れるな）」をスローガンに日本と戦ったのは偶然であろうか。
２月のメイン号爆発事件の後、アメリカのマッキンリー大統領はしばらく開戦には消極的であったといわれている。しかし、４月にはキューバの内戦終結を名目に開戦に踏み切った。このあたりの大義名分づくりには入念なアメリカであった。４月１９日、アメリカ連邦議会はキューバの自由と独立を求める共同宣言を承認し、大統領はスペインをキューバから撤退させるための武力行使の大義名分を得たことになる。
しかし、アメリカとスペイン、キューバの問題がなぜ太平洋、そして日本にとって重大な出来事であったのか疑問に思う人もいるだろう。答えは簡単で、フィリピン、グアムは１５６５年以来スペインの植民地であったが、米西戦争に勝利したアメリカがこれらの植民地を手に入れることとなったからである。つまり、この米西戦争のあと突如として太平洋の西端にアメリカの植民地が出現したのである。同じ年のハワイ併合と合わせれば、１８９８年、太平洋におけるアメリカの海上覇権は一気に太平洋を横断し、アジアまで到達したことになる。しかし、そのアジアには近代化に成功しつつある日本が存在していた。ここに日米衝突の根本的な原因があった。
倉前は『悪の論理』の中で、このアメリカの一連の動きを次のように述べている。
同じく一八九八年（明治三十一年）に、米国船メイン号がスペイン領の港でおこした原因不明の爆沈事件（これは米国が自分の手で沈めたものと思われる）を口実に、衰退していたスペインに無理やり戦争をしかけた。その時の合言策が「メイン号を忘れるな」であった。
「真珠湾を忘れるな」という太平洋戦争中の合言葉と全く同じであるし、テキサス州をメキシコから奪った時の合言業が「アラモの砦を忘れるな」であったことも記憶にとどめておくべきであろう。
米国はスペインを簡単に破り、キューバを独立させて保護領とし、キューバ島の東側にグアンタナモ海軍基地を獲得、プエル・トリコを米領とし、太平洋上のミッドウェー、ウエーキ、グアム、フィリピンを米領に割譲させた。こうして、グアム島、フィリピンのマニラ湾という海軍基地を獲得、ハワイの真珠湾を含めて、太平洋を横断するルートを手中におさめたわけである。
米国は米西戦争の折、ミクロネシア群島全部を米領にしたかったのであろうが、国際世論を考えたのか、ドイツが、グアム以外のミクロネシア群島を一八九九年（明治三十二年）スペインから買収することを黙視した。
このミクロネシアを第一次大戦後に日本が手にれることになったのだから、アメリカは心中穏やかではなかったはずである。倉前も次のように述べている。
このドイツ領ミクロネシアを、一九一四年、第一次大戦で日本が手中におさめたわけである。かくて、グアム（米領）は、日本統治の広大なミクロネシア群島によって、完全に包囲され、海軍基地としての死命を制せられてしまった。
つまり、アメリカにしてみれば、ミクロネシアを日本から奪わなければならなくなったのである。第一次大戦後に日米関係が急速に悪化していったのも頷ける。
これだけではない。以前にご紹介した、マハンの太平洋戦略の提言を覚えておられようか。その中に、パナマ運河の建設が入っていたが、アメリカはこれも忠実に実行に移した。『悪の論理』から抜粋しよう。
つづいて一九〇三年（明治三十六年、）米国から潜入した工作員の秘密工作によって、パナマ共和国がコロンビアから分離独立した。そして、この操り人形のパナマ共和国との協約により、米国はパナマ運河を建設し、一九一四年にそれを完成した。このようにして、米国はカリブ海、パナマ運河、ハワイ、ミッドウェー、グアム、フィリピンという海上ルートを完全に掌握し、太平洋の海上権力を確立した上で、将来、フィリピンから台湾、沖縄、朝鮮半島、支那大陸、東南アジアヘ進出する基本戦略を構想していたわけである。
これが第二次大戦後、正義の味方の顔をして日本に乗り込んできたアメリカの正体である。そして、これが世界の現実である。この「悪の論理」を知らないのは「戦後日本人」くらいのものである。この「戦後日本人」たちは、アメリカ人の作った日本国憲法なるものを「神聖なる教典」のように崇めているが、それまでのアメリカの歴史を知っている者からみれば、それは単なる「悪の教典」にしか映らないのであるが…。
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