世界を動かす宗教パワー

本書は昭和61年(1986年)に刊行された『悪の宗教パワー』を改題し、復刊したものである。

『情報社会のテロと祭祀』の頁でも申し上げたが、国際情勢を読み解くには地政学だけでは不十分であり、文明論的な見方も必要となる。その文明論の根底には常に宗教が存在する。宗教は世界観という土台を提供し、その上で人々は世界つまり文明を作り上げていくからだ。ハンチントンの『文明の衝突』は、要はこの世界観の相違が文明間の衝突を招くと説いているのである。

倉前も独自の日本文明論を展開し『自然観と科学思想』や『艶の発想』を上梓し、「宗教対立」には早くから着目していた。倉前にしてみたら「マルクス主義」「共産主義」こそ20世紀最強最悪の「宗教」で、日本文明をその脅威から守るために大いに警鐘を鳴らしてきたのであるから、他人事ではなかったのだ。この、文明の根本的な価値を守るといった発想は、地政学しか知らないものには理解できないだろう。

本書は、第二次大戦後の世界でいかにして国際紛争やテロが発生してきたかを知る上で最適な解説書となろう。多くの国際紛争・テロリズムの裏には宗教対立が存在するが、その複雑さは日本人の理解の遠く及ばないところである。本書はそれを解説したものとなっている。

本書はアルカイダやタリバンなどの過激派組織が登場する前に書かれたものであるが、これらの組織が本書で指摘されている宗教対立の構造の延長線上にあることはお分かりいただけるだろう。

今日の世界で宗教対立といえば、真っ先にイスラム教を思い浮かべる人が多いであろう。しかし、現代の資本主義を根底で支えているのはキリスト教的・ユダヤ教的な世界観であるし、その資本主義の弟のような存在であるマルクス主義はユダヤ教的な性格が強い。共産党独裁の中国にしろ、マルクス主義が中国古来の儒教や法家の世界観の上に乗っているようなもので、独自の「宗教」のようなものになっている。つまり、目に見えないところ、至るところで、宗教や思想は人間の営みに大きな影響を与えているのである。あの政教分離を謳っている日本国憲法にさえキリスト教の影響が見える。

このようなことには全く無頓着で過ごしてきた、八百万の神の国の民、日本人には、やはり本書を読んでいただいて宗教パワーの何たるかを知っていただきたいのである。

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