没後三十年企画『日本「匠」の伝統』11

葵祭 日本「匠」の伝統
葵祭

倉前盛通 著 

第11回 日本の伝統と美学

蒙古人というのは大変素朴でいい人たちです。しかし、遊牧民の原理というのは、農耕社会の原理とは全く違いますから、これで百年間支配されたら色々な意味で農耕社会の伝統は崩れていくだろうと思います。一旦、徹底的に破壊されたものは元には戻りません。断絶したものは甦らないのです。その点、日本は一度も文化の断絶や王朝の断絶を経験していません。異民族の支配を受けたことはありませんから、誠に有難い国だと私は思っています。

その次に、勤労に美的心象が伴う日本人についてお話ししたいと思います。働くということに美的な心象が伴うことを分かりやすく示す言葉に、職人気質とか職人の美学というものがあります。つまり、日本人が仕事をする時には、一種の美学がないと仕事ができないとも言えるでしょう。お金のために仕方なしにやっているんだとかなんとか言うようなことでは、本当に日本人は働けず、一種の美学があって初めて、本気になって働く、あるいは自分の身を犠牲にしても働くということになるわけです。日本人はこのような勤労の美学を持っており、それを職人気質というように言い表しているのです。

私の尊敬している中国問題の専門家の大先生がおられますが、その方に中国語に職人気質という言葉がありますかと伺ったところ、中国語にそのような言葉はないという答えでした。翻訳ができないというのです。そもそもそのような発想がないのだということです。昔はあったのかもしれませんが、中世以降そういうものは消えてしまったのでしょう。

昔の中国の色々な物を見ると、非常に立派なものを作っていますから、多分に職人気質に似たものはあったのではないかと思います。しかし、元、明、清以後の中国には職人気質は消えたように思われます。現代の中国には、そういう感じの言葉自体がないという話です。あるいはどこかにあるのかもしれませんが、一般的にそのようなものがないということは大変悲劇だと私は思います。

 

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