確か、『戦略的思考とは何か』の中であったか、元外交官の岡崎久彦氏は「日本はアングロ・サクソンと結んでさえいれば安泰だ」というような趣旨のことを述べておられた。それを読んだ時、妙な説得力を感じたが、同時に、それじゃ「戦略的思考」でもなんでもないじゃないか、と思ったことが今でも印象に残っている。
外交官であった岡崎氏は「歴史」から物事を見ているのだから、これは当然と言える。歴史的に見れば、日本は英米と親密な時に不思議と国力、国運が良い方向へと向かう。第一次大戦から第二次大戦までの間、日本はこれとは真逆の方向に舵をきってしまったわけだ。確かにこの時期を除けば、薩英、日英、日米の同盟関係はうまく機能してきた。岡崎氏のいうことは、決して間違ってはいない。
しかし、地政学的に見ると、もっと簡単に説明できる。要は、「海洋国家が結束しておれば安泰である」ということに尽きる。そして、近代以降、世界的プレーヤーとしての海洋国家は英国、米国、日本しか存在していないのだから、必然、「日本はアングロ・サクソンと組んでいれば安泰」という結論にはなる。
第一次大戦までは、日英米は同じ陣営にいたのでよかったが、それ以降、この3カ国の思惑はすれ違い、ついに第二次大戦に行きついてしまう。しかし、それで結局利益を得たのは大陸国家のソ連と中共であった。冷戦以降はまた日英米は同じ陣営に属し、大陸国家群の共産陣営に見事勝利したのである。しかし冷戦後、米国は中国の巨大市場に目が眩んで、クリントン政権は米中蜜月を演出してみせ、日本を冷遇し始めた。そして、結局、行き着いた先が今日の中共の資本主義世界での台頭である。つまり、またしても、海洋国家陣営は同じ過ちを犯したのである。海洋国家が大陸国家と手を結び、海洋国家の足並みが乱れると、世の中も乱れる。
ほんの数年前までチャイナマネーに目が眩んでいた英国が手のひらを返して、欧州最強の空母「クイーン・エリザベス」を太平洋に派遣するのは結構なことだが、お得意の「歴史」をもっと学んでは如何か。第二次大戦の戦勝国、英国にはそもそも歴史に学んで反省する気はないのかもしれないが、それでも、大戦の結果植民地を失って斜陽国家と言われたはの何故かよくよく考えた方がよろしかろう。確かに、当時、英国が置かれた立場は難しかった。急激なドイツの台頭を押さえ込むには米国が必要だった。その米国は太平洋上で日本とライバル関係にあり、その上、中国の市場を欲しがっていた。また、中国とドイツが接近しているので、そこに楔を打ち込んでおきたい。そうなるとソ連はあまり敵には回したくない。必然、日本の重要性は下がった。そればかりか、日本は中国大陸に勢力を拡大してきて、英国の権益を脅かし、米国を刺激するようになった。ことここに至ると、英国がドイツを封じ込めるために日本は邪魔な存在になってしまった。
日本も、同じような間違いを犯した。海洋国家であることを忘れ、大陸国家の真似事をし、中国大陸にのめり込んでいった。日本陸軍の宿敵はロシア軍であったのだが、それを欧州側から牽制してくれるのがドイツ軍である。そして、日本陸軍のモデルはドイツ陸軍であるという心理も働き、日独は第一次大戦後、接近してゆく。日本にしてみたら、ドイツと中国が接近するのも困るので自分がドイツと組んでおいた方がよいという見方も成り立ったであろう。しかし、ドイツと組めば英国を敵に回すことになる。
このチェスゲームの上では、日英はどうしても敵同士になってしまうのである。しかし、これは地政学の基本的なテーゼを無視したものであり、机上の空論に近い。そして、これを現実に推し進めた結果、日英は共倒れとなったわけだ。米国はうまいこと立ち回ったように見えるが、大戦で払った犠牲は大きかった。結局、一番得をしたのはスターリンと毛沢東であった。
海洋国家が大陸国家に手を貸すとどうなるか、現在のモンスター・チャイナを見るとつくづく思い知らされるのである。
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